人
生のヒントと転機の8章
   あなたの人生の転機を
ナビゲーションします。
【AllAbout 推薦サイト】
 HOME >転機の8章目次 >Step5 人生の俯瞰 >>

>友人の死

 「自分への弔辞」に入る前に、どうしても書いておかなくてはならない事があります。
  少し、お付き合い下さい。


「おう、久しぶり」
 1997年の暮れ。久しぶりに、唐突にその男から電話が来ました。

 96年の3月。私が友人代表として祝福を述べた大学時代の親友でした。
 そろそろ子供の話でも、と思いきや
「実は、大変だったんだ…」

 手術し、入院していたといいます。
 その声の様子から、まだ体力が回復していない様子が伺われ、大変さが実感できました。
 しかし、来年東京に転勤になることを告げると、彼は喜び、
「じゃあ、東京で飲もう」
 そう言って切れました。
 あえて病名は聞かず、もう恢復に向かっているんだろう― そう、思いました。

 年賀状が来ました。
『東京での再開を楽しみに』
 そう、書いてありました。



 私は、自分の棚卸しのため、それまで書き散らしていたものを整理するように、1997年の晦日からパソコンに向かい始めました。
 会社から帰ってどうにか一息つき、寝る前の10:00〜12:00の間、とにかく10分でも1時間でも2時間でも、書く気力があれば書き続けました。土日もつぶしました。

 その最中の1月18日。8時半。大学の講師をやっている友人から電話が入りました。

「○○が、亡くなったんだ」




 わずか2年前に友人代表として祝辞を述べた私が、友人代表として弔辞を述べることになりました。




 葬儀場で、札幌から来た友人と少し言葉を交わし、私は、ご親族と向き合う形で着席しました。
 読経が流れ始めました。

「ご唱和下さい」
 確か、そのように言われたと思います。
 その瞬間、泪が滂沱と溢れてきました。

 眼をきつくつぶっても、閉じた瞼から大量に溢れてきます。
 堪えようとした口が、どうしようもなくへの字に曲がりました。



 私が弔辞を述べる番でした。
 棺の前に立ったまま、こみ上げる嗚咽で、しばらく声が出ません。

 全身に力を込め、搾り出すように声を押し出しました。

 途中で、何度も何度も、思いが溢れて止まらざるを得ませんでした。
 その都度、大声で声を絞り出しました。

 泣きながら、途切れ途切れに喚いていた…それに、近かったかもしれません。



 私は、彼に 自分の決意を述べました。
 私が、新たな人生に向けて第一歩を踏み出すことを誓った初めての相手、それが彼でした。

【ページトップに戻る】