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生のヒントと転機の8章
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>友人への弔辞

お久しぶり。
年賀状に
「東京で会えるのを楽しみにしている。」
と書いてあった。

約束通りきたよ。

「おう来たか。まあ、飲め。」
おまえはいつも嬉しそうに、そうやってコップ酒をついでくれた。

だけど今日はちょっとやめておけ。身体に障る。
今日は昔話をしに来たんじゃない。
学生時代が懐かしいだろうが、その頃はいつも俺達の未来について話していたじゃないか。
"どう生きるべきか。"
結局は、いつもそのテーマだったと思う。


今度会ったら話したかった。
今俺が何を考えているか、ちょっと聞いてくれ。

今年俺は40になる。
一足お先に40代にのった感想はどうだい。
え?あまり実感がわかないだろう。

去年、お前からの年賀状に書いてあった。
「社会に出てから15年。…その15年も迫ってきましたね」と。
嬉しかったよ。あの時。
やっぱりこいつは見ていてくれた、と。

26で遅まきながら社会に出た俺は、少なくとも15年は無心にやろうと思った。
女房もいたしね。
15年あれば、会社に貸し借りがなくなるくらいまでやれるだろう。
そして、40歳を迎える訳だ。

40歳は不惑の年というが、俺は惑おうと思っていた。
そして去年1年間、今年をどう迎えるか。
世の中を、会社を、そして、自分の親、自分の家族、そして自分を整理し続けた。


お前も歴史をやるからよく分かるだろう。
今の日本の状況が。

一つの価値しか認めない、行きすぎた競争主義が、もう行きつくところまで来てしまった感がある。
昨年は、そういう事件のオンパレードだった。

今の一番の問題は、競争主義の下、我々が会社に常識を超えて縛られることにある。
しかも、そこでは一方的価値観の押し付けが待っていることが多い。
心身ともにヘトヘトだ。
家のことも地域のことも顧みる余裕がない。
家にも地域にも、会社人間はいても、父親や社会人はいないのだ。

しかし、もっと大きな不幸がある。
それは、競争主義の中で育った者達は「思いやり」の心が育ちにくい、ということだ。

実は、俺も、そうだ。
人を「思いやる」訓練が出来ていない。


お前は頑固だが、全てを言わない奴だった。
批判眼は鋭いくせに、その言葉を自分で飲み込んでしまう奴だった。
そして、笑って受け入れた。
お前は、やさしい奴だった。

生真面目で潔癖なくせに、ひょうきんで、無邪気で、
そのくせいつも、世界を相手に、一人で何やら悩ましげな顔をしていたよなあ…


だけど、今は、お前の笑った顔しか浮かんでこない。


実はな。
近所で偉い頑張っていた奥さんが亡くなったんだ。
そして、女房の千葉時代の親友も若くして亡くなってしまった。
俺の女房もあちこち故障が来ているよ。
皆、人の分まで気がついて、人の分まで悩む人達なんだ。

今、世界的に欝病になる人が増えている。
自分の事しか考えない人間が増えて、心のない言動に傷つく人が急増している。


今年、俺は一歩を踏み出そうと思う。
「家族相談士」の勉強をするつもりだ。

人生80年。
折り返し地点を過ぎた。
これからは、会社の為ではなく、社会のために自分が何が出来るか探っていきたいと思っている。
それがひいては、自分の親を、自分の女房と子どもを、そして自分を救うことにつながると思うんだ。


そして、○○。
俺が今、ここまでたどり着けたのは、 お前が常に見ていてくれたからだ。

お前は、俺が大学を卒業する時に言った。
「中尾!弱者の気持ちを忘れるな!」と。

この言葉と、お前の笑顔が常に俺の胸の内にある。
自分を律する戒めと、やさしさ、 ―それが、お前の本質だからなのかもしれない。

お前が自分の生き様を貫いたように 俺も自分の生き方を貫く。
今後とも、宜しく頼む!!

1月22日。
お前の友人。

中尾英司

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