人
生のヒントと転機の8章
   あなたの人生の転機を
ナビゲーションします。
【AllAbout 推薦サイト】
 HOME >転機の8章目次 >Step5 人生の俯瞰 >>

>人生俯瞰表 (下表は、私が長年使っている、「人生俯瞰表」です。解説は、下。)


<解説:「人生俯瞰表」>

■インディアン
 何事にも「起承転結+振り返り」があります。
 私は、人生にもそれを当てはめています。
 その場合、インディアンの考え方が私にはしっくり来ます。
 インディアンにとって、実に40になるまでは Young Man なのです。
 40からが、ようやく一人前の Man。

 しかし、Man が「自律した男」を意味するとすれば、これは非常に素晴らしい世界。
 私は、40から自律に向けて歩みを始めたばかりです。


■ユング、レビンソン、ソロン、エリクソン
 「40歳は人生の正午」と言ったユングの考え方も、インディアンに近いですね。

 レビンソンは、そのユングの考え方を実証するために、男性40人の個人史を研究しました。
 その結果、7年以上同じ形で存続する生活構造はないことを発見しました。
 親―自分―子―孫…それぞれのライフサイクルが重なり合うわけですから、まぁ当然ですが、次の生活構造が定着するまでに「過渡期」があること、およそ7年の間変化が訪れる(発達課題が現れる)ことなどを示したことが重要と思います。

 ソロンは、7年転機で人生を10段階に分け、
 生物学用語である「ライフサイクル」を人間の発達に適用したことで有名なエリクソンは、8段階に分けました。



 エリクソンが、人間の一生を視野に入れた発達感を心理学の世界に導入したとされていますが、東洋では、既に「論語」がありました。

 エリクソンとその下の孔子を比較すると、西洋と東洋の発達感の違いが良く分かります。
 西洋では、子供が成人するまでが発達で、それ以降の成長や変化は考えませんでした。
 「実るほどに頭がたれる稲穂かな」の東洋では、むしろ成人以降の成長に関心が深いと思います。


■孔子
 子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩、
子の曰わく、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(した)がう。七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。

先生がいわれた、「私は十五歳で学問に志し、三十になって独立した立場を持ち、四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命をわきまえ、六十になって人のことばがすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまってそれで道をはずれないようになった」



 私は、とても孔子のように早いスピードで成長できません。現代人が成長しにくくなっていること、また寿命の伸びも考えて「90不踰矩」を基準において見ました。すると、おおよそ次のようになります。

 19志学>40而立>50不惑>65知命>77耳順>90不踰矩

 まぁ、これでも大変だな、と思っていますが、今はこれを目指しています。


■成長段階別“学び”のテーマ
 その下の「学び」というのは、ライフサイクルの中でどのようなテーマを学んできたか、を自分なりにプロットしたものです。

 少年期には「自然」から学び、成人前期には学生時代に「理論」、社会人生活で「現実」を学んでいきます。
 その蓄積の上に、ターニングポイントである中年期に、自分の価値と自分の気持ちに気づいて、ユングが言うところの、これまで生きてこなかった自分を生き直し始めます。

 そして、私が目標とする「50歳不惑」の歳には、感覚や直感で生きていければいいナと考えています。それが、「惑わず」ということであろうと。
 その後は、スピリチャルな探求を続けていくでしょう。天命を知るということは、現世での自分の魂の目的を知るということです。 そして、それら全てを魂の物語として紡ぐことができればと思っています。


■マズロー
 その下にマズローの欲求5段階説を書いてあります。
 基本的欲求が満たされないうちは次の段階に進む事ができません。
 幸い、豊かな社会である日本は、基本的欲求を今や軽々と満たすことができる環境にあります。
“親からの無条件の愛情”を除いては―。

 親が無条件に愛し、認知してくれれば、子供達はまっしぐらに「自己実現」に向かって飛び出していくことでしょう。


■ライフ2デイ
 さて、ようやく一生を一日に置き換えるところへきました。
 朝6時に起きて(生まれて)から、夜9時以降に寝る(死ぬ)までを、日常の生活に置き換えてみています。

 幼児期や児童期は、まだ寝ぼけ眼で準備をしたり朝飯食っているような時期なので、ゆったり過ごさせてやればよい。思春期は移動時期だからフラフラ落ち着かないのも当然。…そのように、考えればラクになります。

 この表では、1年間=9分 です。 1時間=7歳(6.7)。
 7年転機説で言えば、1時間ごとに何らかの転機があるわけです。

 40歳からの5年間は、私にとって5足くらいのわらじを履いためまぐるしい日々でした。
 しかし、それを乗り越えることができたのは、
「今は、昼休みだ」
 という感覚が、いつもどこかにあったからです。

 私にとって昼休みは、出会いの時間であり、得た情報から思っても見なかった午後の活動が始まる、そういう情報収集の時間でもありました。休みだから、かえって気楽に出来るのです。

 実際、この5年間は、いろんな人と出会い、そして、午後の活動のために方向転換をした5年間でした。
 午後1時は、47歳。私にとって、新たな活動は47歳から始まります。


【ページトップに戻る】