ガ
イア
か
らの
自律


■“開発”の意味を問い直そう

開発や生産を辞書で引くとおおむね次のように載っています。
開発=天然資源を生活に役立つようにすること
     →自然を切り開いて人間の生活に役立つようにすること。
     →天然資源を活用して産業を興すこと。

生産=自然物に人力を加えて、人にとって有用な材を作り出し、もしくは獲得すること

 定義を見てわかるとおり、
開発」という概念は、人が手を加えたものに価値があるという前提に立っています。自然そのものに価値を認めていません。
生産」という概念も、人が手を加えて作り出したもの、あるいは作り出す行為に限定しています。

 これは、自然の産物である人間も、そのままでは無価値ということを意味する矛盾した概念です。
 なぜ、このような矛盾した概念がまかり通る文明ができたか。
 それを説けばヘレニズムやヘブライニズムにさかのぼる論文になってしまいますので、ここではごくごく大雑把に骨だけ示します。



 人間に過酷な自然の中では、次の2つの思想が生まれます。
1.自然は人間の敵という思想
2.貧しいから(自らが生き延びるために)手を加えて豊かにする必要があるという思想

 共通点は一つ。
 自然はヒトにとって無価値&ヒトと自然は別物ということです。

 別物である事を証明するため、人間は自然と異なる人類の優位性や「付加価値」を見出そうとします。それが、西洋の思想の系譜でした。

 人間が最初に見出した付加価値は「言葉」です。自然は言葉を持ちませんが、人間は持ちます。そこで、「はじめにロゴス(言葉)ありき」となるわけです。

 次に見出した付加価値は「理性」です。そこで、「我思うゆえに我あり」となるわけです。

 理性を見出した人類は有頂天になりますが、セックスは目の前の家畜と同じことをやっています。
 肉食の西洋人にとって、日々お前は動物だと突きつけられるわけです。何とか理屈をつけて動物(自然)とは異なる事を証明しなければなりません。そこで、結婚(セックス)は神の前の「契約」となるのです。

 また、自然から人間を隔離して守るところから、「自己保全」「プライバシー」などの概念も生まれます。



 さて、貧困が悪を生むと考えたジョン・ロックは、自然を開発して富を所有することを是としました。
 それに根拠を与えるため、ヒトが「労働」を加えたものに価値があり、それは労働者の「所有」となるとしました。そして、自然を「開発」し「蓄財」することに肯定的意味を与えました。

 彼は、自然と共に生活するインディアンを怠け者であり、悪とさえみなすことにより、理性を行使するものが支配できることに根拠を与え「自由競争」「優勝劣敗」の思想が広がります。

 ジョン・ロックの自己保全の考え方を根拠概念として独立したアメリカが、西洋文明の概念の集積地となったのは必然でした。アメリカは、これらの集積した概念を一言でくくりました。それが、「民主主義」です。

 民主主義というのはあたりのいい言葉ですが、上記概念及びその背景をなす「人類至上主義」「西洋文明至上主義」が張り付いていますので、留意する必要があります。


 上記の概念群について確実に言える事は、2つあります。
1つは、人間社会のことしか考えていない概念であるということです。
1つは、人間疎外の概念を内包しているということです。

 矛盾しているので大変ですね(^^;)。この矛盾の克服が、『正・反・合』の方法論を生み出していきます。

(続く)

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